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新説が発表「ゴッホは自殺していない。2人の少年に殺されたのだ。」

 
 
 
ゴッホ
彼の本当の死因は何か?

フィンセント・ファン・ゴッホ。生前に全く評価されなかった画家であり、世界で最も有名な画家の1人。「1890年に銃で自らを撃ち37歳の生涯の幕を閉じた。」というのが一般的に言われている彼の最後ですが、ピューリッツァー賞受賞作家であるSteven NaifehGregory White Smith

ゴッホは自殺したのではなく
2人の少年に殺されてしまったのだ

そして慢性的なうつ病を抱えた彼は
少年らを庇い「自らを撃ったと証言」した。

と、膨大な数のゴッホの手紙を新たに入手、10年間にわたって20人以上の翻訳者や研究者とともに分析を重ねた約900ページに渡る大作「ヴァン・ゴッホ:その人生 (Van Gogh, The Life,)」のなかで結論づけています。

オランダのゴッホ美術館(Van Gogh Museum) のキュレーターであり、編集にも関わったLeo Jansen はこの本を「素晴らしい本だ」と評した上で「まだ完全に証拠が提示されたわけではなく、我々は議論の余地が残されている」と AP通信に語っています。

ゴッホですが、ゴッホが自殺したという証拠も発見されていません。そのことに関してJansen氏は「同じく証拠はありません。我々はゴッホが遺した証言からしか真実を知る術がなく、それが一般的に信じられていることです。」と続けました。

死の間際のゴッホは胸部をひどく損傷、それにもかかわらずオーヴェル・シュル・オワーズの農場から下宿屋へ戻り、弟のテオや医師、地元警察に「麦畑で自らの胸部を撃った」と語った30時間後に死亡したとされます。そしてその銃は発見されていません。

著者らは

「精神病疾患が広く知られるこの画家が、どうやって銃を得、この行動に至ったのか?」

「なぜこのような奇怪な角度で自らを撃ったのか?」
(頭部ではなく胸を、しかも右利きにもかかわらず左脇腹を垂直に射撃。)

「農場から下宿屋への1マイル(1.6km) をこのような傷を負いながらどうやって帰ったのか?」

「彼の画材はどこへ?」


と自殺説への疑問を投げかけています。また、ある美術学者が1930年代にオーヴェルを訪れた際にゴッホと同年代を過ごした人々から「2人の少年に撃たれたのだ」という噂を聞いた史実があり、さらに1956年、裕福なフランス人実業家Rene Secretan が「ゴッホのことで罪に苦しんでいる」とインタビューで語っていたことが残されているそうです。

video platformvideo managementvideo solutionsvideo playerこの男性と弟はその夏、ゴッホをからかって遊んでおり、当時フランスで人気のあった「Wild West」ショーのマネをするためにゴッホの下宿屋から銃を借りたそうです (男性は“元々は自分の銃。ゴッホがそれを盗んだのだと主張”)。男性はさらに当時を思い起こします。女性たちに偽りの誘惑をさせたり、コーヒーに塩を入れたり、社会と隔絶した孤独な男・ゴッホを苛めていたとそこでは記述されていましたが、実際に「銃撃」に関与したかはそのインタビューでは問われぬまま、翌年死亡したとされます。

二人の著者は、ゴッホが下宿屋の近くで被弾したこと、少年たちが逃走の際に銃と画材を持ち去ったこと、ゴッホが側頭葉てんかんに周期的に悩まされていたことを理論付け、少年たちにより負傷し「これも人生」と彼らを庇ったと結論づけています。

ゴッホ美術館のLeo Jansen はこれに対し「十分な証拠だとは考えられない。ゴッホは手紙の中で“自殺”を不道徳で人の道に反し生存者は投獄されるべきだと述べており、自分のしてしまったことに嘘を付いたという可能性がある。」と語りました。(via. Associated Press)

自殺を嫌悪するゴッホが自殺

という方が不自然な気もしますが。


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