
( °A°) ど、どう見ても実物!?日本が誇る仏像職人の本気、ここに。
どれほどまで恋焦がれても、国宝ゆえに手に入るはずのなかった阿修羅像。
奈良の土産物屋をあちこち回ってその造形にまったく納得がいかず、フィギュア界の王・海洋堂のクオリティに落胆し「彼らがダメならもう終了」だと諦め、奈良・興福寺に訪れては3時間そこに余裕で佇む僕の部屋に完全美の三面六臂が17.7cm で訪れてくれる時がくるとは・・・
あぁ、なんという幸せ。
仏像好き、阿修羅好きなら分かってもらえるだろうか・・・今思い返してもヤバいありえない角度から諸仏を眺めるこの陶酔。実際の寺院に木彫りの仏像を納品する職人集団、株式会社MORITAに伺い彼らが展開するブランド「イSム (isumu) 」の目眩く『仏像ワールド』を堪能してきました。
この "イSム" という名前は "仏" の中に"Spirit" をこめる、という意味があるそうです。かっけぇ・・・
まず最初に紹介するのは小型フィギュア「TanaCOCORO[掌] 」シリーズ。
TanaCOCORO[掌] - イSムこの記事を書きながらも撮影した画像の美しさにに魅入られてなかなか文字が打てない・・・うぅ。
一つ一つ入念な手作業から創りだされる工程は、さながら本物の仏像のよう。
① 原型師が2ヶ月以上の歳月をかけ
② ひとつの型から30個ほどしか生産することができないシリコン型を使い
③ 仏像の重厚さを表現するために石のような質感を出す「ポリストーン」を使用
④ イSムの職人たちの中でもたった一人が許される彩色
② ひとつの型から30個ほどしか生産することができないシリコン型を使い
③ 仏像の重厚さを表現するために石のような質感を出す「ポリストーン」を使用
④ イSムの職人たちの中でもたった一人が許される彩色
その技の結集、刮目せよ!
た、たまらん (*´Д`)ハァハァ
後ろから、上から阿修羅を愛でる歓び。手のひらに阿修羅。興奮しすぎてわけわからん。

まるで教科書で見た写真のようだよ・・・
ここまで完全な造形がいままであったろうか?

衣の模様に到るまで完全に再現


あぁ・・・
イSム TanaCOCORO[掌] 阿修羅 | イSム
今回特別にTanaCOCOROシリーズのうち一つをいただけると聞き(役得スマソ) 「全部欲しい ワーイヽ(゚∀゚)メ(゚∀゚)メ(゚∀゚)ノ ワーイ」の気持ちをグッとこらえて、ここは一択。これまでの写真は阿修羅とふたりきり、部屋の中で敢えて望遠レンズを使って撮影しました。
あまりの興奮に紹介が遅れましたが、こんな感じにパッケージされています。

やっと落ち着いてきました。
テンション高すぎてすみません。今回伺ったのは埼玉県東松山市にある「株式会社 MORITA」。
のっけから

素晴らしい文言が。
内部はまるで3次元曼荼羅
目眩く仏像、そして仏像・・・・
もうここに住みたい。
せめてここでお茶がしたい。
「仏像カフェ」その響きだけでご飯三杯食べれる。
・・・また話が進まなくなりそうなのでここは再び落ち着いて解説へ戻ります。先程の「TanaCOCORO[掌] 」の他に、上位ブランドとして「イSム - Standard」があります。今度は20センチからさらに大きく30~50センチのド迫力。
撮影するべく諸仏を持ち運ぶ手が恐れ多くて震えるレベル

「イSム - Standard」全14体の中から8体を紹介します
千手観音

見よ、このインパクト「国宝 千手観音立像」。どのような衆生をも漏らさず救済しようとする観音の慈悲と力の広大さを表す千本の手が視界を覆う。大脇手42本、小脇手911本の953本のみが遺る実物と同様に作られ
・・・953本?!全部?? 胸が熱くなりすぎてクラクラするな
全身に120枚の金箔を使い、贅沢なことにそれを敢えて剥がし歴史の重みまでリアルを追求している。頭頂の化仏や持物など、74にも及ぶパーツの全てを原型から起こしているというこだわり。1mmの小仏手までしっかりと作りこまれている。

イSム 千手観音 | イSム
吉祥天
悠久のセックスシンボル「吉祥天立像」。密教では美女の代名詞といわれて信仰され、仏教尊像としての威厳と艶めかしいまでの官能美が得も言われぬ調和を醸し出している。上の動画でもわかるように、装飾のパーツも実物に限り無く近づけるためにちゃんと "装飾" として機能させている。
美しい肌の質感に (*´Д`)ハァハァ

美肌やな・・・
イSム 吉祥天 - 極彩色仕様 | イSム
金剛力士

究極のリアリズム「金剛力士像」。実際は阿形、吽形がセットですが、ここでは阿形をご紹介。仏師集団「慶派」の定慶作と言われるこのリアリズム。ダ・ヴィンチが見たら唸るに違いないこの躍動感。
モデルの仏像のリアリズムに加えて、火災によって焦げの入った背中までも忠実に再現。たまらん・・・


イSム 金剛力士像 | イSム
弥勒菩薩
釈尊入滅後、56億7千万年後に人間界に生まれて衆生を救う「宝冠弥勒 (弥勒菩薩半跏思惟像)」。ドイツの哲学者カール・ヤスパースが「人間実存の最高の姿」と激賞した美しさ。その木像の木目までを忠実に再現し、もう木にしか見えない。
眺めているだけで悠久の時の流れに身を置かれてしまう。


イSム 弥勒菩薩 | イSム
広目天

「通常ならざる目を持つ者」仏教における「情報の神」、四天王の「広目天」。崇高な身の構え、遥か遠くを見つめる目線が内面の知性を、心の奥底まで見透かせる力を感じさせる。
右手に持つ筆も、ちゃんと小さな筆として制作されているこのこだわりに脱帽。


おい、そこの踏まれてるおまえ。
ちょっと嬉しそうじゃまいか?
イSム 広目天 | イSム
十一面観音

世の中のあらゆる人々を救うため全ての面に顔を向ける「十一面観音」。全身に24枚の金箔を使用。その後惜しげもなく拭き剥がすという贅沢な工法で制作し実物に肉薄させている。
一つ一つの小さな顔まで作りこまれたこだわり。体は女性でありながら精神は荒御魂を秘めた観音菩薩の変化身。明治時代に来日した哲学者・美術研究家のアーネスト・フェノロサが激賞。
う、美しい・・・
イSム 十一面観音 | イSム
如意輪観音

役小角が開創と伝承秘仏「如意輪観音像」。なんとも言えない艶っぽさ、思惟にふけるアンニュイなポーズが完璧すぎ。光背の裏側まで丹念に精緻な彩色が施されている。
あらゆる願いを叶える如意宝珠と、煩悩を打ち砕く輪宝を象徴するなんともツンデレっぷり全開の菩薩。

イSム 如意輪観音 | イSム
阿修羅
そして我らが阿修羅。もうこれに関しては序盤でかなり騒ぎまくったので「いいかげんにしろよ」とお叱りを受けないように、別の物語を。
Wikipediaから、まるで堕天使ルシファーのような "阿修羅がなぜ戦闘神となったのか" をご紹介します。
阿修羅は帝釈天に歯向かった悪鬼神と一般的に認識されている。しかし阿修羅はもともと天部の神であった。阿修羅が天部から追われて修羅界を形成したのには次のような逸話がある。
阿修羅は正義を司る神といわれ、帝釈天は力を司る神といわれる。
阿修羅の一族は、帝釈天が主である忉利天(とうりてん、三十三天ともいう)に住んでいた。また阿修羅には舎脂という娘がおり、いずれ帝釈天に嫁がせたいと思っていた。しかし、その帝釈天は舎脂を力ずくで奪った(誘拐して凌辱したともいわれる)。それを怒った阿修羅が帝釈天に戦いを挑むことになった。
帝釈天は配下の四天王などや三十三天の軍勢も遣わせて応戦した。戦いは常に帝釈天側が優勢であったが、ある時、阿修羅の軍が優勢となり、帝釈天が後退していたところへ蟻の行列にさしかかり、蟻を踏み殺してしまわないようにという帝釈天の慈悲心から軍を止めた。それを見た阿修羅は驚いて、帝釈天の計略があるかもしれないという疑念を抱き、撤退したという。
一説では、この話が天部で広まって阿修羅が追われることになったといわれる。また一説では、阿修羅は正義ではあるが、舎脂が帝釈天の正式な夫人となっていたのに、戦いを挑むうちに赦す心を失ってしまった。つまり、たとえ正義であっても、それに固執し続けると善心を見失い妄執の悪となる。このことから仏教では天界を追われ人間界と餓鬼界の間に修羅界が加えられたともいわれる。
阿修羅を意訳すると「非天」というが、これは阿修羅の果報が優れて天部の神にも似ているが天には非ざるという意義から名づけられた。 (via. 阿修羅「戦闘神になった背景」 - Wikipedia)

そう、この角度・・・
イSム 阿修羅 | イSム
株式会社MORITAの仏像カフェの奥には木彫りの仏像たちがずらり。これまでに彼らが仏像職人集団として残してきた業績が飾られています。仏像を寺院に制作・納品する前にミニチュアをまず制作するそうなのですが、
クオリティが尋常じゃない。
それにミニチュアって大きさじゃない
木彫り仏像

はうっ、神々しい・・・
この躍動と静謐のコントラストに心がどこかへ行ってしまいそうだよ・・・


「ん?」
こ、これは・・・

完全に一致。まだまだ話したいことはたくさんあるのですが、ブログシステムの文字数制限も、僕のハイテンションいお付き合いいただいた皆さんのご様子も心配になって参りました。そろそろお開きとさせていただこうかと思います
が、
たのむ、最後にこれだけは言わせてくれ。
新作「空也上人」マジやばすぎ

(゚∀゚)キタコレ!!
loading..


































































