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密かに撮影し続けた「女性」の姿。変人と呼ばれ、45年間世界と断絶し続けた「隠遁する観察者」の膨大な記録 ミロスラフ・ティッシー

 
 
 
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(;゚Д゚) なんだこのカメラ

なんだこの風貌・・・

ダンボール、空き缶、金属片による自作カメラで、チェコ共和国の街キヨフの女性を密かに撮影し続けた孤高の「隠遁者」ミロスラフ・ティッシー (Miroslav Tichý)

ボロ布をまとい、奇妙な「カメラのようなもの」を携えて地元を徘徊。長きに渡ってプールで日光浴する女性などを追い続けた彼の姿は地元の人々にとって「変態」という言葉も生ぬるいくらいのインパクトだっただろう

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2004年に世界的なキュレーター、ハロルド・ゼーマン(Harald Szeemann) に発見されたことによってアウトサイダーアートと目されることの多い彼ですが、かつてはプラハの芸術大学で絵画を学び将来を約束された若者だった

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1948年、チェコの美術学校の生徒たちは共産主義による政変によって、それまでの女性をモデルにしたような作品から労働者をモチーフにした作品を制作するように強いられることになった。しかしティッシーはこれを断固として拒否したことで8年間投獄される

若者の未来は崩壊し始めた。地元に戻った彼は両親の障害年金で暮らし、アルコールに溺れながらも自身のスタイルで絵画を描き続け、それでも政府に抵抗していく。やがて反体制派として監視下に置かれた彼は「正規化」すべく精神病院へ送られる

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全体主義的に個を消し去ろうとする世界の「価値」を否定するかのように、1960年頃からティッシーは社会的な外見を無視するようになる。ボロボロの服をまとい、ボサボサの髪、髭を伸ばしっぱなしにした彼の姿を故郷の人々は落伍者として疎んじるようになっていった

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世界は幻影。自分自身すら、その傍観者にすぎない。

この頃ティッシーは写真と出会い、町のプールの向かいの通りや、バス停、広場、公園を頻繁に徘徊しながら、何かに取り憑かれたように女性の姿を「カメラに見えない奇妙なカメラ」で密かに撮影、1日に100枚という膨大な作品を残していく。その鬼気迫る怪しげな姿にプール周辺に立ち入ることを禁じられ、しばしば逮捕されたりもするが、時が立つに連れ人々は生暖かく見守るようになっていった。冗談のようなカメラに、本当に撮影されていると思わなかったとも言われている

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ミロスラフ・ティッシーが使用していたカメラ。ボディはダンボールと板きれ、それを道路のアスファルトで固め密閉している。シャッターは2個の糸巻きと彼が使用していた古いパンツから取ったゴム、望遠レンズは配水管で制作された

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"Je n'existe pas ! Je suis un outil. Un outil de perception peut-être. Je ne crois en rien, ni en personne, même pas en moi-même."
私は存在しない。私は道具である。おそらく知覚のための道具。私は何も信じない、誰も信じない、私自身も

"Je suis un observateur. J'observe aussi consciensieusement que possible. Ça arrive sans aucun effort de ma part."
私は観察者である。できるだけ丹念に観察する。それはわたしにとって全く努力を要しないことなのだ

"Je ne décidais rien du tout. C'est le temps qui le faisait, au fur et à mesure de la journée. Tout est régi par le rythme de la Terre. C'est ça qui est déterminé à l'avance. C'est ce qu'on appelle le destin."
私は何も決めなかった。一日の流れの中でそれをやったのは時である。すべては地球のリズムによって支配されている。それは予め決められている。人が運命と言うやつだ

"Plaisir est un mot que je rejette complètement ! Comment est-ce qu'un sceptique comme moi pourrait avoir du plaisir ? Je chasse tous les sentiments faciles tel que le plaisir."
快楽は私が完全に拒絶する言葉である。私のような懐疑的な男が快楽を味わうことなどどうしてできようか。私は快楽などという安易なすべての感情を追い落とすのだ

ミロスラフ・ティッシーの言葉 Miroslav Tichý au Centre Pompidou   : A VIEW FROM PARIS パリから観る --- Le savoir, c'est le salut ---

2004年、第1回セビリア・ビエンナーレで世界の人々に知られることとなり、従来の写真撮影のルールを無視したスタイルと、チェコスロバキアの共産主義政権下の女性たちを捉えた詩的で不完全な作品が話題になる。その後世界中個展が開催されるが、彼が関心を示すことはなく、その姿が会場にあらわれることはなかった

2011年4月12日、チェコ共和国のキヨフで死去

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